はじめに:補聴器店での観察から
私は補聴器店に勤務していた経験から、装用の前後で声と呼吸が大きく変わる場面を数多く見てきました。
一般の難聴の方は、補聴器を装用すると鼻呼吸が自然に増え、声の響きが口蓋の上(鼻腔・副鼻腔側)へ移動します。その結果、声量は控えめでも明瞭に聞こえるようになり、発音の輪郭がはっきりしてきます。
ところが補聴器を外すと、声は口蓋の下に落ち、口呼吸に傾き、喉で押すような話し方に戻りがちです。これは、自分の声が聞こえにくくなると無意識に声を張る「聴覚フィードバック(自声モニタリング)」の働きが強まるためと考えられます。
APDとは:症状と声の傾向
テレビでAPD(聴覚情報処理障害)を知り、資料を調べると、聞き返し・聞き誤りが多い/雑音や反響下で理解しづらい/口頭指示が頭に残りにくい/早口や小声が苦手/長い話に注意を保ちにくいといった困りごとが並びます。
耳そのもの(純音聴力)が正常でも、脳の音処理(選択・分離・意味づけ)に負担がかかるのが特徴です。
私の観察では、APDとされる若者や成人の話し声が口蓋の下に沈み、口呼吸に傾く傾向が少なくありません。
母音の響きが薄く、子音が立ちすぎることで、聞き手にも話し手にも負担がかかります。
機器でできる支援:補聴器とリモートマイク
APDの困難を和らげるために、補聴器やリモートマイク(FM/DM・会議用マイク)が用いられます。
最近の補聴器は、
- 音環境の自動解析:静寂・会話・雑踏などを判別して最適設定に切り替える。
- 雑音と会話の分離:指向性マイクやビームフォーミング、機械学習型ノイズ抑制で、必要な話者へ焦点化。
- 両耳協調処理:左右のデータ連携で方向感・明瞭度を高める。
- 突発音・ハウリング対策:不快な音を素早く抑制し、聴き疲れを減らす。
一方、リモートマイクは話者の声を距離・騒音・反響の影響を受けにくい形で直接耳へ届けます。
純音聴力が正常なAPDでは、増幅よりも信号の比(S/N)を上げるリモートマイクのほうが効果的な場面もあります。最適解は専門家と試聴・比較しながら決めるのが確実です。
私の仮説:APDでも「声を変える」と理解が助けられる理由
補聴器で一般の難聴者の声が変わるなら、APDの方も声と呼吸を変えることで、理解のしやすさが改善する可能性があります。その根拠は次の通りです(臨床仮説であり個人差があります)。
- 自声モニタリングが安定する:口蓋上に響きを集めると、骨伝導と気導のバランスが整い、自分の声を過度に張らずに把握できます。結果として喉の緊張が減り、語音明瞭度が上がります。
- 母音のフォルマントが整う:鼻腔・副鼻腔を使った明瞭な母音は、聞き手の言語処理に有利で、小さな声量でも理解しやすい傾向があります(S/N比が低い場面でも有利)。
- 呼吸—発声—注意の連動:鼻呼吸+穏やかな腹式呼吸は交感神経過剰を抑え、聴取時の注意配分を安定させます。話す側も短く区切ることで、聞く側のワーキングメモリ負荷が下がります。
- 聴き疲れの軽減:喉で押さない声は、高周波成分の刺さりや突発的な大声を避け、長時間の会話や会議で集中の持続に寄与します。
実践:装用と発声・呼吸トレーニングを併用する
最初の一歩は機器の最適化です。
補聴器は語音重視の再フィッティングを行い、会議・レストラン・屋外など環境別プログラムを準備します。
併せてリモートマイクの試用も検討します。そのうえで、毎日15分の音読を基本に、
- 鼻呼吸で準備呼吸→ハミング(m/n)→短文音読へ移行する。
- 句読点で必ず息を止め、短く区切って話す(聞き手の理解を助ける)。
- 舌を硬口蓋に軽く付け、口蓋上へ響きを集める意識を保つ。
- 雑音を少し入れた環境で必要な声だけ選ぶ練習を段階的に行う。
こののどが疲れない音読法の併用で、声の明瞭さ・自声の聴き取りやすさ・会話のしやすさが上がる例を現場で多く見てきました(効果は個人差)。
まとめ:”聞こえる”から”わかる”へ
補聴器・リモートマイクは“音”を整え、声と呼吸の訓練は“話す—聞く”の往復を整えます。
両方ともに取り組むことで、小さな声でも明瞭に伝わり、雑音下でも要点が拾える状態に近づけます。
機器は義耳(たとえば”義足”が足になじむなら耳は義耳かも)として生活に馴染ませ、練習は1日15分をまず3か月。
定期的な再調整と記録で、自分に合う最適解を更新していきましょう。
※注意:症状が続く・悪化する場合は医療機関にご相談ください。最適機器・訓練法は個別に異なります。補聴器専門家と発声法専門家にお尋ねください。