顎シリーズ第2回|顎—耳—声をつなぐ「聴くリハ」仮説モデル

顎の締まり → 外耳道の変形 → 聴覚フィードバック不安定 → 努力性(下の声)固定


0. この記事の立ち位置(最初に)

ここで書くのは「診断」や「治療」の断定ではありません。本稿は顎シリーズの「聴覚編」です。顎運動で外耳道が変形しうる点から、聴覚フィードバックと発声の関係を整理します。
日々の指導・観察から立ち上がってきた現象を、外耳道形態・補聴器フィッティング・発話制御モデルの知見につないで整理した、検証可能な仮説モデルを提案します。


1. なぜ「顎」から始めるのか

顎(TMJ)は「高音のため」だけの部品ではありません。
顎の締まり(噛みしめ・開かない・自由度が低い)は、舌・舌骨・喉頭周囲の緊張にも連動しやすく、結果として声が共鳴に乗るより喉で押す方向へ寄りやすくなります。

そして、顎は“声道”だけでなく、耳(外耳道)にも物理的に影響します。


2. 顎が動くと外耳道の形も動く(機械的リンク)

外耳道(特に軟骨部)は、顎運動に伴って形状や容積が変わり得ることが、耳型・MRI等で検討されています。

このため、噛みしめが強い/顎が閉まり続ける人では、

  • イヤモールドや耳栓の密閉
  • 装用感(こすれ・圧迫)
  • ハウリング(フィードバック)
    といった“フィッティング”の問題が出やすい方向に傾く可能性があります(個人差はあります)。

3. 加齢で「外耳道が潰れやすい」人がいる

高齢者では、軟骨部外耳道が虚脱(collapse)し、測定や装用上の問題になり得る、という臨床的な整理があります。

ここで重要なのは、「聴力(感音難聴)の原因」そのものというより、
“聴こえの入口の形”が変わることで、装用や自声の聴こえ方が揺れやすくなるという点です。


4. 発話は「予測+フィードバック統合」で制御される

発話・発声は、運動指令だけでなく、聴覚/体性感覚フィードバックを使った誤差補正と統合して制御される、という枠組みが主流です(DIVAモデル等)。
また自己発声中は聴覚野反応が抑制されることが知られ、自己モニタリング(予測と誤差検出)が関与する可能性が示唆されています。

さらに、聴覚条件が変わると声が自動的に変化する「ロンバード効果」は、音声が聴覚フィードバックに依存する代表例です。
吃音領域でも、Altered Auditory Feedback(DAF/FAF等)が短期的に流暢性を改善しうる、という報告が複数のレビューで整理されています。


5. 仮説モデル:顎—耳—声(下の声)

以下は「身体で起きていること」を、検証可能な形にしたもの。

[顎・TMJの締まり/噛みしめ]
└─(①機械) 外耳道(軟骨部)の形・容積が顎運動で変わる
└─フィット/密閉/こすれ/ハウリング要因が増える

(②聴覚入力) 自声の聴こえが不安定 / 反射的補正が増える

(③音声制御) 発話は「予測+聴覚/体性感覚フィードバック統合」で制御

(④出力) 喉へ努力が集中(過緊張・過機能)=「下の声」へ寄る

(⑤二次) リズム/テンポが崩れやすい → 常在拍が切れる → パニック時に落ちやすい

==================== 介入(聴くリハ) ====================
A) 顎の自由度(締めない)
B) 鼻呼吸の内圧(押さない)
C) 口蓋上の響きを「聴く」
→ ④の努力性を減らし、⑤の拍を戻す(復帰ルートを作る)

6. 「下の声」をどう定義するか

私は日常用語として「下の声」(=口蓋の下の声)と呼んでいますが、専門職向けに整理するなら、
努力性・喉頭寄りの過緊張(過機能発声)に近い運用として扱うのが安全です。
「悪」や「ゼロ化」を主張したいのではなく、落ちたときに戻れる復帰ルートを作ることが目的です。


7. すぐできるミニ検証(現場/自宅)

※診断ではなく「観察」です。

  1. ベースライン(30秒):鼻呼吸→/m/を一定→短文音読(録音できれば尚良い)
  2. 顎介入(30秒):奥歯を離す(接触させない)/下顎を支えずにゆるめる
  3. 内圧介入(20秒):吸気は鼻、吐気は微呼気(押さない)
  4. 聴くリハ(30秒):口蓋上の響き(骨導の手がかり)に注意して同じ短文
  5. 主観評価:努力感(0-10)、喉の圧迫感、テンポの安定

補聴器装用者は「顎を固めた状態 vs ゆるめた状態」で、装用感・ハウリング・自声の聴こえもメモすると関連が見えやすいです。


8. まとめ:聴くリハの核心

下の声を“排除”するのではなく、落ちたときに戻れる“復帰ルート”を作る。
その入口として、私は「耳(聴こえ)の整備」と「顎の自由度」を先に置きます。
声を直す前に、耳を整える——これが私の『聴くリハ』です。


注意(安全のため)

顎関節の痛み・クリック・開口障害、耳の痛みや強い違和感がある場合は無理をせず、歯科・耳鼻科など医療者へご相談ください。

参考文献

① 顎運動で外耳道が変形する(機械的リンク)

顎運動により外耳道(特に軟骨部)の形が変わることは、耳型・MRI等で示されています。 Cureus+3PubMed+3Orbit+3
→ ここが「補聴器が合わなくなる/ハウリングが出る」の説明の土台になります。

② 外耳道の虚脱(特に高齢)とフィッティング問題

高齢者で外耳道が潰れやすい(collapse)と、測定や装用で問題になり得る/対策が必要、という臨床報告があります。 デジタルコモンズ+2PubMed+2

③ 発話は “予測+フィードバック統合” で動く

DIVAモデルなど、聴覚フィードバックを使って運動指令を調整し、feedforwardも学習する枠組みが整理されています。 PMC+2サイエンスダイレクト+2
→ 「自分の声を聞こうとしているのに、実は聞けていない」問題を、ここに接続できます。

④ 顎—耳は神経学的にも近い(V3:耳介側頭神経)

TMJは三叉神経V3(耳介側頭神経など)で支配され、耳周辺にも関連がある、という臨床解説があります。 RACGP+1
→ 「顎が固い人に耳症状が併存しやすい」説明となる。